最も長い1日 ー俺たちがキックを盛り上げるー(続編) 江幡塁

 VS日本人は12年5月以来、実に5年6カ月ぶりとなる。塁はずっとタイ人と闘っている。以前、70年代に活躍した元キックボクサーから「タイ人と日本人は距離もリズムも違うので、タイ人とずっと闘っていく中でたまに日本人とやったら苦戦した」という話を聞いたことがある。老婆心ながら、そういう心配はないのかと聞くと、塁は僕には睦がいるからと言下に否定した。 「確かにずっとタイ人と闘っているけど、その前に睦と一緒に練習している時間の方が長いのでそのへんは問題ない」 公式記録を繙くとVS日本人は無敗だが、塁はそこの部分の意識はないと言う。その理由。は次の一言に集約されている。 「僕らは日本チャンピオンになることは当たり前のように育てられましたから」 取材時、塁は「僕」よりも「僕ら」という主語を口にすることが多かった。もちろん、それは睦も含めた江幡ツインズのことを指す。塁は「僕らの関係は典型的なお兄ちゃんと弟。たまに(兄の干渉が)うざったくなる時もある」と笑うが、我々が想像する以上にふたりの絆は強い。 トレーニング中の兄弟ケンカは日常茶飯事。伊原はちょっと目を離したスキにやっているとこぼした。 「僕がいる時はしないけど、ケンカしている感じで音がする。現場に行くと、パッと辞める。でも、またその場を離れるとまた同じ音が聴こえてくるんですよ(苦笑)」 伊原が知る限り、衝突したとしてもお互い一歩も引かない。 「なんだ、この野郎、やりすぎじゃないか!」 ただ、熱するのも早いが、引くのも早い。伊原は、ほとぼりが覚めたらカラッとしていると証言する。 「ふたりとも、あとでグジュグジュ言うタイプではない」 塁は家ではほとんどケンカしないと前置きする一方で、リングで熱くなるのはいつもと打ち明ける。全ては強くなるために。兄弟ケンカもチームプレイの一貫なのか。 「キックは個人競技であるけど、やっぱり一緒に練習したり、まわりのサポートがなければ絶対にできない。試合をするのは個人だけど、試合に出るまでの自分を作ってくれるのはチームプレイでしょう」 もちろん、宮元に勝つことが大前提となるが、来年もスケジュールが許す限り、KNOCK OUTには出たいと思っている。 「小笠原(瑛作)君も世界(ISKA)のベルトを獲ったので小笠原君でもいい。那須川天心君もいいけど、彼はなんか階級を上げてしまいそうな気がする。その一方で小笠原君はこのまま55㎏級で闘い続けるでしょう。希望をいれば、天心君が体重を上げる前にやりたい。キックを盛り上げるという意味でも。彼はいろいろなリングに上がって、アクティブに試合をしている」 現在26歳の塁から見たら、19歳の那須川はひとつ下の世代だ。昨今の那須川の活躍を見て嫉妬はないのかと聞くと、逆にうれしいと答えた。 「闘う相手がいるというのは、今後キック界を盛り上げていくために絶対必要じゃないですか。睦が(当時バンタム級戦線では国内最強といわれていた)藤原あらし選手とやった時にはやっぱり盛り上がった。僕も、そういう相手を欲している。日本で発祥のキックボクシングは日本で盛り上がらないと意味がない」 KNOCK OUTにおける日本人頂上対決路線をひとつの車輪に例えると、もうひとつの車輪は新日本キックで追い続けている永遠のテーマ──打倒ムエタイだ。 「打倒ムエタイというのも、キックを盛り上げるためにある。その先にある日本統一。そしてさらにテーマを世界に広げていく。それが選手としての一番大きな夢ですね」 塁にとって、2018年は大きな転機になりそうだ。打倒ムエタイの最終ゴールはムエタイの最高権威といわれる二大スタジアム──ラジャダムナンとルンピニーの両スタジアムがそれぞれ認定する王座を奪取することだ。 2013年9月、日本で塁はラジャダムナンスタジアム認定スーパーバンタム級王座に挑戦しているが、4RKOで敗れている。 しかし、機は熟した。塁はラジャの王座再挑戦をいまかいまかと待ちわびている。 「前回ラジャの王座に挑戦した時もそうだったけど、自分が出る試合は全部KOで決めようと心に決めている。なぜかといったら、ムエタイの王者にもキックボクシングで勝たなければ意味はないと思っているからです。そのためにも倒しきる。10月の試合も5Rまでかかったけど、頭の中では最終ラウンドのどこかで倒せると思っていました。タイトル再挑戦も5Rあれば、チャンピオンを倒しきる力をつけてきていると思う」 ギャンブルとして成り立っているということもあり、タイのムエタイは判定決着が一般的だ。ラウンドごとに賭け率が変動し、繰り返される小さなデットヒットにギャンブラーたちは一喜一憂する。KO勝ちこそ最高の勝ち方だと感じている大半の日本人キックボクサーとはシロクロつける部分での価値観が根本的に異なる。倒しにこないタイ人を倒すことは至難の業だが、塁はそこに大きな価値観を見い出す。 「キックボクサーとしてムエタイに勝つ。ムエタイにムエタイのリズムで勝つのではなく、伊原会長に教えてもらってキックボクシングで勝つ。それが僕と睦、そして会長の夢ですから。僕らはキックボクサー。これは僕らにしかできないことなんじゃないかと思う」 舞台が初めてのKNOCK OUTだからといって、特別なトレーニングをしているわけではない。塁はいつも通りを強調した。 「変に変えたりはしません。むしろ変に変えないように会長に教わっている。ちょっと気合が入りすぎたり、いつもより一生懸命にやろうとすると、調子が狂う。ここまできたら自分の力を信じて、自分の力を出せば勝てる。そう信じて基本に忠実にやっています」 試合内容についてもシミュレーションするが、詳細なイメージを描くことはない。想定外のことが起こったら、ろくなことにならないことをわかっているからだ。 「伊原会長もよく言うんですけど、試合後のことを考えるにうにしています」 伊原は江幡兄弟にこう言った。 「昔の俺は試合になったらこうやってああやってということを考えるのではなく、試合後のヒーローインタビューで何を喋るかを考えていた」 塁は伊原のやり方を模倣した。 「勝たないと、マイクは握らせてもらえないじゃないです。今回はそれと打ち上げ会場のことも考えています。もちろん睦も勝つと思うので、ふたり揃っての打ち上げです」 昼過ぎからは両国国技館で、それが終わったら後楽園ホール。江幡兄弟にとって、12月10日は今までで最も長い1日になりそうである。睦に勝利のバトンを渡せるか。 (取材・構成 布施鋼治)     布施鋼治 1963年7月25日、札幌市出身。得意分野は格闘技。中でもアマチュアレスリング、ムエタイ(キックボクシング)、MMAへの造詣が深い。取材対象に対してはヒット・アンド・アウェイを繰り返す手法で、学生時代から執筆活動を続けている。Numberでは’90年代半ばからSCORE CARDを連載中。2008年7月に上梓した「吉田沙保里 119連勝の方程式」(新潮社)でミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。他の著書に「なぜ日本の女子レスリングは強くなったのか 吉田沙保里と伊調馨」(双葉社)「東京12チャンネル運動部の情熱」(集英社)、「格闘技絶対王者列伝」(宝島社)などがある。   「KING OF KNOCK OUT 2017 in両国」 ◆日時 2017年12月10日(日) 開場13:00 開始15:00 両国国技館(http://www.sumo.or.jp/Kokugikan/)